
2011年6月16日、渋谷・セルリアンタワー11階。翌日の開業を控えた「シナジーカフェ GMO Yours」に、報道各社が招かれていた。日替わりのビュッフェには、一品ごとに産地とカロリーが添えられている。「この場所は24時間すべて無料」。GMOインターネットグループ 代表取締役グループ代表の熊谷正寿がそう告げると、記者たちのカメラが一斉に向いた。
フロアを見渡せば、社員食堂の常識を大きく超えていた。壁は白を基調に、コミュニケーションを表すオレンジと、落ち着きを表すブルー。木目調の床に、暖色の照明。MacやiPadが置かれ、無線LANが飛び、フルーツや菓子は好きなときに手に取れる。
深夜にお客様のサポートをする仲間のために、軽食を出す食品自動販売機まで備える。これも無料だ。金曜の夜には専属ソムリエが立ち、その脇にはDJブース。誰の目にも、そこは高級カフェか、小さなレストランに見えた。
この一風変わった場所は、グループ全社会議での社内アンケートから始まっている。ただ、そこに辿り着くまでには、会社の存続を賭けた数年があった。
危機を、仲間と越えて
GMOインターネットグループは2005年、金融事業に参入した。しかし過払い金問題により巨額の特別損失を計上し、2007年末には債務超過の危機に直面する。未曽有の事態だった。
熊谷は「倒産させた社長ではなく、再建した社長に」と決意する。私財数十億円を投じ、約45億円相当の不動産を現物出資して自己資本を補強。ローン・クレジット事業から完全に撤退し、GMOインターネット証券(現 GMOクリック証券)も手放した。財務基盤の健全化を、徹底して進める。支えたのは、「仲間と共有した夢は裏切れない」という想いだった。そして2008年2月、金融危機の終結を宣言する。
当時の空気を、広報を担当していた福井 敦子はこう振り返る。
「新聞に、GMOが危ないのではないかというような記事が出て、パートナー(従業員)のご家族から『潰れてしまうんですか』と、会社に問い合わせが来たこともありました。熊谷代表も悔しい思いをされたと思います。それでも、その間、幹部やパートナーのみんなが支えてくれたと、今も感謝の言葉を口にされています」
幹部の誰一人として辞めることなく、仲間たちが会社を支え、再び成長軌道へと押し戻した。だからこそ、業績が回復に転じたとき、熊谷が真っ先に向き合ったのは株主への還元であり、そして――ともに戦ったパートナーへの還元だった。
福井は続ける。
「業績が回復して、株主の皆様にも配当としてきちんと還元できるようになりました。その先に、パートナーにも還元したい、という強い思いがあったのだと思います。」
全社会議のアンケートから
2010年10月、業績が回復した全社会議で、熊谷はパートナーに問いかけた。「危機を一緒に乗り越えてくれたみんなにも利益を還元したい。何がほしいか」。手を挙げる形で募った希望の1位が社員食堂、2位が託児所であった。熊谷はその場で、両方の実現を公約した。こうして「シナジーカフェ GMO Yours」は、危機をともに乗り越えたパートナー自身が望んだ場所として生まれた。
有志8名、8か月の突貫
公約を受け、公募で集まった有志8名が社員食堂の実現に向けて動き出す。所管はグループ総務部。熊谷が与えた指示は、常識を外すものだった。「社食という概念を捨て、世界一の社員食堂をつくる気構えで」。メンバーはそれぞれ本来の業務を抱えながら、わずか8か月ほどで理想を形にしていく。
道のりは平坦ではなかった。
2011年3月11日、東日本大震災が起きる。
当時、グループ総務部長としてプロジェクトを率いた目黒 隆幸 は、その瞬間を今も鮮明に覚えている。
「ちょうどその時間、協力会社のメンバーとセルリアンタワー11階で打ち合わせをしていたんです。揺れ始めて、ものすごく慌てたのを覚えています。」
会議室を飛び出し、パートナーの避難誘導にあたった。その後は通常業務に加え、災害対策本部の運営もしなければならなかったが、それでも開業のデッドラインを緩めることはなかった。
「世界一」を限られた条件のなかで形にするのも、難題だった。参考にしたのは、当時セルリアンタワーの4階に入っていたGoogleの社員食堂である。
目黒は振り返る。
「当時セルリアンタワーの4階に入居されていたGoogleさんの食堂を参考として見せてもらったことがあり、それ以上のものを作ろうと決意しました。」
しかし11階は、厨房や衛生設備を入れやすいフロアではない。ビルの運営規則とも一つひとつ折り合いをつけた。多くの食数を、離れた場所で調理して温かいまま運ぶ仕組みも、整えなければならなかった。
こうした無理難題を、社内だけで解決したわけではない。ビルの管理会社、施工会社、電気設備――普段からオフィスづくりで組む社外のパートナーたちと、「どうすれば実現できるか」を膝をつき合わせて考え抜いた。
「普通の会社なら、こんなの無理だ、できない、という反応だと思うんです。それを『どうやったらできる?』と、いつも我々と一緒に頭をひねって、乗り越えてきてくれました。」
「全員が戦友です。かけがえのない仲間で、心から感謝しています。そういう仲間との関係を築いた我々のメンバーを、とても誇りに思います。」
前例のないことに挑む会社の気風は、こうした仲間との関係の上に成り立っていた。
24時間・365日、いつ働くパートナーにも等しく届けたい。その思いが、提供の形にも表れる。提供数は200食前後から始まり、今では1200食へ。各拠点と合わせると、その規模はさらに大きくなっている。
「シナジーカフェ GMO Yours」という名前
名前にも意図がある。「シナジー」は、多様な文化を持つグループ各社のパートナーが垣根を越えて集い、化学反応を起こすようにとの願い。「Yours」は、この場所がパートナーみんなのものであることを表す。
そもそもこれは、単なる「コミュニケーションスペース」ではなかった。金曜の夜にバーへと姿を変えるのも、偶然ではない。元をたどれば、GMOインターネットグループに根づいたピザパーティの文化がある。
福井は言う。
「金曜の夜になると、いい匂いがしてくるんです。代表がピザを頼んでくれて。みんなとても喜んでいました。自然と人が集まって笑顔になれる場所を、昔から考えてくれていたんですよね。このピザパーティが、夜のバータイムにつながっていったのかな、と思います。」
オープン後の反響は大きかった。2回開催された社内のオープン記念パーティーにはのべ1300名のパートナーが詰めかけ、一日あたりの利用者は2000名超。350食を用意しても足りないほどだった。「最初が肝心。皆さんの期待をきちんと受け止められるセレモニーにしよう」という熊谷の意向で、レーザー演出やDJまで入る、華やかな会になった。その熱の入れようは、この場所にかけられた期待の大きさの表れでもあった。
報道向けのお披露目会には約15社が集まる。無料でここまで提供している場所は当時国内にほとんど例がなく、大きな話題となった。評判を聞きつけ、名だたる企業のトップが相次いで見学に訪れる。
「見学に来ていただくことが、本当に多かったんです。海外の巨大IT企業は、やはり次元が違う。でも、私たちのような事業会社でも、ここまでやれるんだと思っていただけたのかもしれません。」(福井)

もう一つの公約――キッズルーム「GMO Bears」

食堂と同じころ、もう一つの公約である託児所のプロジェクトも動き出していた。運営は保育事業を手がける株式会社子育て支援に委託され、同年8月、キッズルーム「GMO Bears」が生まれる。
設計にあたって公募で集まったのは、現役のママ・パパであるパートナーたち、有志の7名だった。その一人、当時グループ財務部にいた稲垣 法子も、子どもを産んで復職したばかりだった。
稲垣は振り返る。
「ちょうど子どもを産んで復職したばかりで、自分の中でも一番関心のあるテーマでした。当時はまだ、子どもができたら辞める、というのが世の中の空気だった時代です。だからこそ、自分たちで流れを作っていけるのはいいよね、という気持ちで手を挙げたんです。」
チームの中心は、稲垣を含む時短勤務の母親たち。そこに、男性のサポートメンバーも加わった。父親が送り迎えを分け合う今でこそ自然だが、当時から男親の視点があったことは大きい。
当事者だからこそ、ニーズは明確だった。集まったアイデアは300を超える。「いいと思うものは全部出せ」という空気のなか、内装のひとつをとっても議論は白熱した。理想の「世界一」と、子どもを育てる親としての実感がせめぎ合う。その摩擦こそが、質を押し上げていった。
設計思想にも、当事者ならではの優しさがにじむ。園児数に対する保育士の人数は一般的な認可保育園の約2倍、預かりは生後57日目から。企業だからこそ実現できる、手厚い環境だった。ただ、そこには細やかな配慮もあった。
稲垣は続ける。
「『生後57日から預かれる』と打ち出すと、無理をして早く復帰しようとする人が出てしまうのではないかという懸念もありました。代表はそこもすごく気にかけてくれました。」
このプロジェクトには、熊谷も強い想いでかかわっている。プロジェクトメンバーが驚くほど、熊谷はこの小さな託児所づくりに直接入り込み、一つひとつの是非を自ら判断した。
稲垣には、迷いもあった。社外に子どもを預けているパートナーとの公平性を、どう考えればいいのか。その迷いを断ち切ったのも、熊谷だった。
「外で預けている人との公平性を、私はすごく気にしたんです。でも代表は、“そこを気にしたら何もできない。まずはいいものを作ろう”と。既成概念にとらわれるな、と背中を押してくれました。」
オフィスの執務室と同じビルの中に、子どもたちの声が響きはじめる。拠点が分かれていれば難しい、自社の拠点だからこそ実現できた光景だった。待機児童が社会問題となっていた当時、企業が自ら託児所をつくることは、先駆的な試みでもあった。
そして、会社の中に子どもがいる――その風景は、働く人の心をほどいていった。
「会社の中に子どもがいる、というのが、みんなの共通の理解になりました。その場に子どもがいると、すごく和むんです。幸せな空間を作れたと思います。」
熊谷も、この場所をとりわけ大切にした。サンタやトナカイの装いで現れ、卒園を祝い、ハロウィンには子どもたちが仮装して社内を練り歩く。「ここで育った子が、いつかまたパートナーとしてこの会社に戻ってきてくれるように」。百年単位で続く会社を――そんな願いも、この小さな部屋に託されていた。


食も、休息も
パートナーの休息を支える場所も、続いて加わっていく。マッサージルーム「GMO BALI Relax」がほぼ同じ時期に、翌2012年にはおひるねスペース「GMO Siesta」が生まれた。「GMO Siesta」は、“十分な休息こそ生産性を生む”という考えから始まった。当初は、あまり使われない昼時の会議室を仮眠室に変え、簡易ベッドを人の手で運び入れる。毎日の設営は、人海戦術だった。今でこそ各社が注目するが、その先駆けである。
なぜ、ここまでするのか
熊谷の考えは一貫している。世界一のサービスは世界一の人財が生み、そのためには世界一の環境が必要となる。福利厚生は待遇ではなく、競争力そのものである。優秀な人財を集め、利益をパートナーへ還元して信頼の循環を生む。社員を「社員」ではなく対等な「パートナー」と呼ぶ思想と、この施策は分かちがたい。危機を仲間とともに乗り越えた会社にとって、それは自然な帰結だった。
無料で食事を提供するコミュニケーションスペースから、健康経営へ
それから十年余り。取り組みは「無料で食事を提供するコミュニケーションスペース」から「健康経営」へと広がっていく。各地の拠点にも展開し、2022年にはグループとして「健康経営宣言」を掲げた。同じ年には本格的なジム「GMO OLYMPIA」も加わる。食だけでなく、運動や休息までを含めて、パートナーの心と身体を支える体制が整っていく。こうした取り組みは、2023年から4年連続(2026年8月時点)での「健康経営優良法人(大規模法人部門)」認定にもつながった。
食へのこだわりは、開設当初から徹底していた。
提供しているランチビュッフェのメニューは、専門家の監修のもとで健康に配慮したものへと磨かれ、パートナーから寄せられる声が、そのまま反映されていく。
つくることより、続けること
もっとも、当時のメンバーが本当に苦労したのは、つくることより続けることだった。場所は、あるだけでは動かない。日々の企画があり、運営があり、数えきれないイベントがある。昼も、金曜の夜も、現場に立ち続けた。
目黒は言う。
「パートナーの笑顔が、対価であり報酬です。現場でパートナーの皆さんからもらった笑顔や感謝の言葉が支えになりました。」
その思いは、時代を越えて受け継がれていく。福井は、こう結ぶ。
「お金があるからやっている、人を集めたいからお金をかけた、ということではなくて、本当にパートナーのために寄り添って作ってきたものなので、それをお伝えできるといいな、と思います。」
その思いを受け継いだのは、今この場所を預かるパートナーたちである。「シナジーカフェ GMO Yours」の運営は、開設時と変わらずグループ総務部が担っている。メニューも、イベントも、届ける拠点の数も、15年のあいだ変わり続けてきた。
現在の運営を担う グループ総務部の新里 篤子 は言う。
「“続ける”というのは、同じことを繰り返すことではなく、変化させていくことだと思っています。立ち上げメンバーの想いを引き継ぎながら、攻めの姿勢で新しいことに挑み、この場所を進化させていく。Yoursは“みんなのもの”だからこそ、パートナーの声を大事にして、『できることは全て実現する』想いで日々運営しています。」
「GMO Bears」も、開所から15年。この15年で、パートナーの働き方も、子育てを取り巻く環境も大きく変わった。
同じくグループ総務部で運営を担う 山本 沙織 は、その変化に向き合い続けてきた。
「大切にしてきたのは、“今、このパートナーに本当に必要なことは何か”を考え続けることです。『安心して復職したい』『子どもが新しい環境に慣れてから仕事を始めたい』。そんな声を受けて、一般的な保育園の慣例にとらわれない、GMO Bears独自の制度をいくつも導入してきました。一人ひとりに寄り添いながら、安心して子育てと仕事を両立できる環境を整えることが、私たちのミッションだと思っています。」
現在、園を預かる園長の岸本 江利子氏は、こう語る。
「利用されるご家庭には、それぞれ異なる思いや願いがあります。だからこそ、命を預かる責任を胸に、一人ひとりの子どもたちの成長と、ご家族の歩みに向き合ってきました。私が大切にしているのは、“笑いあえる園”であることです。子どもも、保護者も、保育士も、そしてGMOインターネットグループのパートナーも、みんなが家族のようにつながり、笑顔になれる場所であり続けたいと思っています。」
開設以来、月極保育・一時保育を合わせて379名(2026年7月末)の子どもたちを預かってきた。一番年長の子どもは、今年20歳を迎える。
稲垣の言葉には、確かな手応えがにじむ。
「ここで育った子が、また戻ってきてくれるかもしれない。すごいことですよね。」
ともに走った社内外の仲間と、声を上げ、形にしてきたパートナーたち。この取り組みは、いつも「人」に支えられてきた。
「GMO Yours」も、「GMO Bears」も、その後に続いた数々の取り組みも、始まりはいつもパートナーの声だった。パートナーの声を起点にすること。妥協せず世界一を志すこと。還元を信頼の循環につなげること――2011年の開設時に定まったこの方針は、15年を経た今も変わらない。変わらないものを守るために、かたちを変え続ける。社内アンケートから始まった物語は、今も書き継がれている。

プレスリリース
SNSでの発信
味はどうですか?RT @t_horiuchi: シナジーカフェ GMO Yoursでフレッシュジュースとイギリスサンドごちそうさまでした!
— 熊谷正寿【GMO】 (@m_kumagai) June 17, 2011
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